大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 平成5年(ワ)339号 判決

原告

城郷コート管理組合

右代表者理事長

門馬憲昭

右訴訟代理人弁護士

大塚泰伸

被告

塩原和夫

塩原和子

右両名訴訟代理人弁護士

平沼高明

堀井敬一

木ノ元直樹

加藤愼

永井幸寿

右平沼高明訴訟復代理人弁護士

堀内敦

主文

一  被告らは、別紙物件目録記載の建物を保育室として使用してはならない。

二  訴訟費用は、被告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

一  本件は、被告ら夫婦が、妻である被告塩原和子が所有している別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」といい、本件建物を含む建物全体を「本件マンション」という。)を、その夫である被告塩原和夫の経営する病院の看護婦等の幼児保育室として使用していることについて、本件マンションの管理組合である原告から、住居としての使用に限定している管理規約に違反するなどとして、保育室としての使用を禁止することを求めている、という事案である。

二  争いのない事実

1  原告は、本件マンションの区分所有者によって構成され、本件マンションの敷地及び付属施設の管理等を行うことを目的とする権利能力なき社団である。

2  被告塩原和子は、本件建物を所有する原告の組合員である。

3  被告塩原和子は、自らは本件建物を使用せず、夫である被告塩原和夫に使用権限を与え、同被告は、本件建物において、自ら個人経営する「新横浜母と子の病院」(以下「本件病院」という。)の看護婦等及び患者の幼児の保育室として使用し、平成四年七月一日から、日曜日以外の午前八時ころから午後六時ころまで、三名程度の本件病院の従業員を通勤させて、常時七名程度の幼児を預かり、保育している。

4  ところで、本件マンションの管理組合の規約(以下「本件規約」という。)は、一八条において「組合員は、その専有部分を第三者に使用させる場合、あらかじめ書面をもって組合に届け出るとともにその第三者に本規約を遵守させる責任を負う」、二〇条一項において「組合員は、その専有部分を本来の住宅としての用途に供するものとし、共有部分はそれぞれの用法に従って使用するものとする」、同条二項において「前項の使用に当たっては、共同の利益を守り良好な環境を保持するために、建物内の居住用住戸を本来の住居以外の目的(レストラン・スナックバー・喫茶店・バー・クラブ・その他一切の営業並びにそれに類する行為)に使用すること(九号)、理事会が禁止したことをすること及び組合員の共同の利益に反すること(一一号)をしてはならない」、三二条において「本件マンションは居住用の建物であるので、各組合員はそれぞれの用法に従い専用使用する部分について住宅環境を阻害するような使い方をしてはならない」などと規定している。

5  被告塩原和子は原告に対し、被告塩原和夫に本件建物の使用権限を与えたこと及び本件建物を前記の保育室として使用することについて連絡しなかったが、当時の原告の理事長であった正入木節は、本件建物を保育室とする旨の情報を得て、平成四年六月二七日、本件病院の事務長と交渉した。その際、同事務長は従業員の子女を預かり保育するが、住居以外の目的に使用するつもりはない旨を説明し、被告塩原和夫は原告の求めに応じて、同年七月一三日付けでその旨を通知した。その後、平成四年一〇月から一一月にかけて、原告及びその組合員らと本件病院の事務長とが、本件建物を保育室として使用する問題について協議したが、あくまで保育室として使用しないこと求める原告と、本件病院における保育室の必要性を説明する事務長との協議は調わないまま、本訴提起に至った。

三  争点

1  原告は、被告塩原和夫が本件建物を本件病院の看護婦等の幼児の保育室として使用するのは、被告塩原和子が第三者に使用させ、しかも住宅としての使用以外の使用であって本件規約に反するばかりか、その使用態様も、大人の指導を十分理解できない多数の幼児が連日、長時間にわたり、跳びはねたり、かけ回わるなどして騒音、振動を発するというものであり、また、幼児の給食の運搬により共用部分が汚損され、幼児の送迎のため乗用車やベビーカー等が放置されるなど、他の組合員の受ける被害は少なくないのであって、被告塩原和夫が、本件病院の公共性、看護婦確保の必要性等を主張するとしても、同被告は他にもマンションを有しており、しかもかつては本件病院内に保育室を有していたのであるから、他に代替措置を取れない訳ではない以上、保育室としての使用が禁止されても、本件病院の経営に問題はない、と主張している。

2  これに対して被告は、本件規約は組合員がそれぞれの専有部分を「本来の住宅としての用途」に供すると規定しているが、これは本件規約全体からすると、組合員共通の利益を侵害し良好な環境を破壊するような使用方法を禁じているのであって、組合員がそれぞれの専有部分を生活の根拠として使用することは問題なく、保育の対象となる幼児が本件建物において起臥寝食しているのは生活そのものであるばかりか、一定の騒音や飲食にともなう共用部分の汚損も一般に幼児をもつ家庭においても発生することが予想される範囲のものであって、本件規約二〇条二項が禁じているレストラン、喫茶店等の飲食業の営業活動にともなう継続的騒音や大量の汚損とは本質的に異なるから、本件建物を保育室に利用することは、本件規約に反しない、と反論している。

第三  争点に対する判断

一  建物の区分所有等に関する法律は、六条一項において「区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない」と規定し、これを受けて五七条一項において「区分所有者が六条一項に規定する行為をした場合又はその行為をするおそれがある場合には、他の区分所有者の全員又は管理組合法人は、区分所有者の共同の利益のため、その行為を停止し、その行為の結果を除去し、又はその行為を予防するため必要な措置を執ることができる」と規定し、これは同条四項において占有者にも準用されている。したがって、被告らの本件建物の使用が本件マンションの区分所有者の共同の利益に反する場合には、被告塩原和子以外の原告組合員は被告らに対して、本件請求をなし得ることになる。なお、甲三号証によれば、平成四年一〇月八日、原告組合員二六名中、被告塩原和子以外の二五名が出席(委任状を含む)して、臨時総会が開催され、出席者全員で本件建物を保育室として使用することを差し止める請求をなす旨の決議がなされたことが認められる。

二  そこで、被告らの本件建物の使用方法が本件規約二〇条一、二項の住居以外の使用禁止に該当し、本件マンションの区分所有者の共同の利益に反するかを判断する。

1  まず本件マンションの周辺及び居住者、それに本件建物の保育室としての使用状況等がいかなるものかについて検討する。なお、かっこ内において証拠を示すが、それがないものは当事者間に争いがない事実である。

(一) 本件マンションは、JR横浜線小机駅から東に約一キロメートル、県道横浜上麻生線から南へ約二〇〇メートルに位置し、繁華街や幹線道路から離れた場所にある。また、本件マンション周辺は、市街化区域、住居地域に指定され、一戸建やマンションが立ち並ぶ閑静な住宅地内にある。本件マンションの敷地は、西側部分において七メートル道路に面しているが、本件マンションと右道路との間には駐車場が設置されており、本件マンションは道路から約二〇メートル離れた位置にある。なお、右道路は、幹線から奥まった部分に位置するため、近隣住民が利用する程度で極めて交通量は少ない。

(二) 本件マンションは五階建であるが、エレベーターはなく階段を使用して各部屋への出入りする構造になっている。

(三) 平成五年一月から同年六月までの幼児の保育状況は、日曜日及び祝祭日等は保育しておらず、これを除く月曜日から土曜日までの平均で六ないし七名であり、最小二名、最大一二名であった(乙一号証)。

また、保育時間は、原則として午前八時から午後六時ころまでであり、遅くとも午後六時三〇分ころには閉所しているが、その間、幼児らは、昼食及び二回のおやつを食べ、室内及び人工芝を敷いたベランダに出て遊んだり、テレビを見たりするほか、昼寝をしたりしている(乙二号証、証人秋山健司)。

(四) 保育室の利用者は、本件病院勤務の看護婦及び助産婦等であり、その入所手続きは、所定の保育室保育申込書に記載して、本件病院の事務長を経由して院長である被告塩原和夫に申し込みをなし、同被告がこれを決裁するというものであり、現在一四名の入所が許可されている(乙四、五号証、証人秋山健司)。

(五) 本件建物には、風呂、便所、2.5畳の納戸のほか、一二畳のダイニングルーム、六畳二部屋、4.5畳一部屋があり、これが保育室として利用されているが、ルーフバルコニー(ベランダ)にも滑り台が置かれ、幼児らはここで三輪者等で遊ぶほか、夏はビニールプールにより水遊びをしている。(乙七、八号証、九号証の一ないし一七)。

(六) 本件病院は、産科救急システム横浜ブロック当番協力病院として登録されている(乙一三号証)ところ、本件病院に勤務する看護科職員は、平成六年四月一日現在で、助産婦、看護婦、准看護婦が常勤一八名、非常勤二七名、看護学生、看護助手、保母が常勤一五名、非常勤一名等である(乙一〇号証)。

(七) ところで、被告塩原和夫は、本件病院の従業員の幼児について、平成元年五月から二年間は病院内において保育し、その後、平成三年に本件病院近くに同被告が所有するデボネールというマンションの一室において保育したが、住民からの苦情で、保育室を同被告の関連会社が所有する新横浜コートというマンションの一室に変更したが、日当りが悪く保育に不向きであるということで、本件建物を保育室とすることにした(証人秋山健司)。なお、被告塩原和夫は、横浜市に平成五年七月二〇日付けで、本件保育室に関する無許可保育施設指導資料を提出し、神奈川県知事に同年八月二五日付けで、申請金額を一〇八万六〇〇〇円とする院内保育事業運営費補助金交付申請書を提出している(乙一一、一二号証)。

2  前記争いのない事実と右の事実によれば、被告らは本件建物を住居として使用しておらず、保育室として利用しているから、本件建物の使用方法が本件規約二〇条所定の住宅専用の使用方法に形式的に違反することは明らかである。

次に、本件建物を被告らが保育室として使用することにより、住民らがいかなる被害を受けているかを検討する。

証人正入木節、同尾崎英俊及び同秋山健司の各証言によれば、本件建物には、敷物が敷かれているが、それは防音設備としてのものではないため、幼児が遊んで跳ね回るために生じる振動、騒音が階下の部屋等に伝わること、その振動等は、特にテレビの幼児を対象とする番組が放映されている際に激しいこと、本件建物のバルコニーでビニールプールによる水遊びをすると、その排水が本件マンションの排水構造のせいもあって、階下のベランダに溢れることがあること、保護者らが本件建物に幼児を連れてくる際に、幼児を歩かせたりするため、本件マンションの住民らの通行の支障となることがあり、また本件マンションの階段部分が狭いため、居住者が不用意に扉の開閉をすると、幼児に扉が当たる危険があるため、その開閉に注意を払わねばならなくなったこと、また幼児が飲食物の包装紙等を通路等に捨てたりするため、道路などが汚損するようになったこと、さらに幼児の送迎のための自動車が本件マンションの駐車場に駐停車するため、それを利用しようとする本件マンションの住民の邪魔になり、迷惑を受けるなどしていることが認められる。

こうした状況からすれば、本件マンションが右認定のように閑静な環境にあるにもかかわらず、その住民らは、被告らの右使用によって、けっして少なくない被害、影響を受けているということになる。

被告らは、このような状況は、一般に幼児をもつ家庭においても発生することが予想される範囲内のものであって、通常の家庭生活に伴うものである、と主張するが、右認定にかかる本件建物において保育されている幼児の人数、看護婦等の勤務の関係上、保育される幼児が毎日同じということにはならないこと、また保育時間についても同様であることなどからすると、住民らにとっては毎日、見知らぬ者が多数出入りしていることになるのであって、これを幼児が多数いる大家族の家庭と同じであるなどということができないことは当然である。

ところで、本件のようにいわゆるマンション形式の集合住宅では、相互に居住者の生活空間が接しており、それぞれの居住場所での生活が相互に他に影響しやすくなっているばかりか、それぞれの部屋に行くためなどには共用の通路等を歩行しなければならないのであるから、このような生活空間に居住し、これを利用する住民は相互に他の利用者に迷惑をかけないように生活するということが最低限のルールである。そして、このように密接した生活空間に居住する者は、騒音、振動、臭気等についてはそれぞれが発生源となり得る関係にある以上、それが多少のものである限り、いわば「お互い様」という言葉をもって表現されるように、相互に我慢し合うということが必要であるが、これが、一定の許容限度を超えるならば、それは建物の区分所有等に関する法律六条一項所定の「区分所有者の共同の利益に反する」として、このような使用方法が許されなくなるというべきである。そして、これを判断する際には、当該行為の性質、必要性の程度、これによって他の住民らが受ける不利益の態様、程度等の事情を十分比較して、それが住民らの受忍の限度を超えているかどうかを検討するのが相当である。

このことは、本件規約の文言の解釈に当たっても、同様であり、単に、一定の行為を禁止する規約があるからといって、形式的にこれに該当する行為をすべて一律に禁止するということは相当ではなく、その規約の趣旨、目的を集合住宅の居住者同士という観点から検討して、その当否を判断すべきであり、本件規約二〇条も、区分所有者がその建物を住居専用に使用しないことで、組合員共通の利益が侵害され、良好な居住環境が維持できなくなることを禁じているものと解される。

そこでこのような見地から検討すると、前記の各事実によれば、被告塩原和夫の経営する本件病院の運営については、看護婦等の確保のために保育施設を有することが必要であり、それが確保されないと人員確保ができず、ひいては地域社会にとって必要な施設で、その意味では公共性が高い施設である病院が運営できなくなるおそれがあるところ、被告らが本件建物を本件病院の看護婦等の子供の保育施設として利用するに至ったのは、以前他のマンション等においても同様の目的で利用していたが住民の反対があったためであると認められるが、従前の保育施設の設置経過、本件部屋が保育施設となった経緯等からすれば、被告塩原和夫は、他に保育用の施設を設置しようとすれば本件病院の敷地内等に設置するなど、他に方法がないわけではないのに対し、本件マンションの住民らが前記被害を避けるため他に転居しようとしても、経済的理由等により困難であることは容易に推認できるから、結局、被告らは、本件病院の公共性、人員確保の必要性等の理由があるとしても、本件マンションの区分所有者の負担において、本件建物を保育施設とすることにより病院経営が成り立つという経済的利益を得ていることになる。そうすると、被告らは、他の住民らの一方的不利益により(住民らが本件病院で受診できることをもって受益しているとするのは、対比すべき事由としては必ずしもふさわしくないというべきであろう。)、受益を得ていることになる。なお、被告らは、本件建物を保育室として使用することは、大家族が本件マンション内に居住している場合と違いがないと主張するが、大家族の場合は、その家族も他の居住者の生活騒音等を受忍していることになり、その意味では「お互い様」といい得るが、本件では、保育に当たっているのは、本件病院の職員であり、その部屋を生活の場としている者と職場にしている者とを同列に扱うことは相当ではないから、この点からも右主張は採り得ない。

以上によれば、被告らが本件建物を保育室として利用することについては、本件病院の公共性、人員確保の必要性等の理由があるとしても、それにより本件マンションの住民らの前記被害を受け、その程度も少なくないこと、本件マンションの所在地の環境が比較的閑静であること、被告らの右利用により、右住民らが一方的に不利益を受けるのに対して、被告らは病院経営による経済的利益等を得ること、被告らには他の代替手段がないわけではないこと等を考慮すれば、住民らにおいてこのような使用を受忍すべきであるということはできないといわざるを得ない。したがって、本件においては、被告らが本件建物を保育室として使用することは、本件規約二〇条一、二項に反し、しかも、それにより他の区分所有者に被害を与えるから、他の区分所有者の共同の利益に反する使用方法であるというべきである。

三  右によれば原告の請求は、その余の点を判断するまでもなく理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九三条を適用し、仮執行の宣言については相当でないので、これを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官秋武憲一)

別紙物件目録

一棟の建物の表示

所在 横浜市港北区鳥山町字五反町

六七二番地四、同番地三

構造 鉄筋コンクリート造陸屋根五階建

床面積 一階417.84平方メートル

二階416.76平方メートル

三階416.76平方メートル

四階347.30平方メートル

五階277.84平方メートル

専有部分の建物の表示

家屋番号 鳥山町六七二番四の二七

建物の番号 五〇四号

種類 居宅

構造 鉄筋コンクリート造一階建

床面積 五階部分65.82平方メートル

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例